「グローバル人材」育成策としての海外出張

松尾 修二

ここ数年のうちに、「グローバル人材」ということばが広く言われるようにな
った。定義や要件にはさまざまな意見があるが、日本企業が海外ビジネスを開始、
成功、拡大するために貢献する人材、と考えて差し支えないだろう。海外展開に
取り組む企業には、こうした人材へのニーズがある。日本貿易振興機構(ジェト
ロ)が2015年3月に発表した日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査で
は、海外ビジネス拡大のための人材戦略をたずねたところ、「現在の日本人社員
のグローバル人材育成」と回答した企業が45.1%と最多であった。


しかし、回答比率は、大企業では68.7%、中小企業では38.4%と、企業規模に
よって、人材育成を重視する企業の数に差がみられた。人材育成への取り組み方
についても、最多回答は「国内で英語研修の充実を図っている」が21.4%だった
が、大企業では47.2%、中小企業では14.1%と、取り組みに濃淡がみられた。以
下、「OJTにて行っている」は21.3%で、大企業36.3%、中小企業17.1%。「若
手社員を一定期間、研修生として海外子会社等に出している」が10.6%で、大企
業32.7%、中小企業4.3%。そして、「特別な取り組みは実施していない」との
回答は41.9%であったが、大企業では17.1%であったのに対し、中小企業では49.
0%と半数近くにのぼった。


こうした結果からは、大企業に比べ、中小企業ではグローバル人材育成の取り
組みはなかなか進んでいないことがうかがえる。では、中小企業にとって、どの
ような育成方法なら取り組みやすいだろうか。


過日参加したフォーラムで、早稲田大学教授の白木氏はグローバル人材の育成
に関して「ある企業では、若手社員に会社の代表として海外出張に一人で行かせ
ている。自分で航空便やホテルの手配を含め全ての関連業務をやることで、非常
にいい教育になっているとのことだ」という事例を紹介した。この方法は、グロ
ーバル人材に求められる能力を伸ばすことが期待できるし、業務の中で行うもの
であるため中小企業にも取り組みやすいものと思える。


「グローバル人材に求められる能力」についてはさまざまな意見があるが、例
えば、経済産業省が2010年4月に発表した「産学人材育成パートナーシップ グ
ローバル人材育成委員会」の報告書では、「社会人基礎力」、「外国語でのコミ
ュニケーション能力」、「異文化理解・活用力」が挙げられた。「一人で会社の
代表として海外出張」は、このすべての力を試される場だといえる。会社の代表
としていくからには、業務内容を十分理解し、訪問先での業務を問題なく進めな
くてはならない。面談相手が外国人なら外国語が必要であり、面談時に通訳が同
席したとしても、空港やレストラン、ホテル、タクシーなど外国語が必要になる
場は多い。若手社員は、「社会人としての基礎力」を発揮して業務に取り組み、
時に「外国語でのコミュニケーション能力」を使う。そして、外国に身を置くこ
とで「異文化理解・活用力」を鍛えることになる。


海外出張には市場視察、見本市出展、取引先・提携先との商談、海外拠点訪問
など、いろいろな機会がある。そのため、これを人材育成の手段にすることは、
中小企業でも大企業でも難しいことではない。もちろん、既に「海外出張は社員
がグローバルな経験を積む好機」と捉えている企業は多いだろう。しかし、若手
社員を一人で、しかも「会社の代表」として出張させることは少ないのではなか
ろうか。出張する社員にはプレッシャーもあろうが、それは適切な負荷となり、
成長を促すことができる。こうした海外出張は経験値を高めるのみならず、必要
な能力を発揮せざるを得ない機会となり、グローバル人材の育成方法として活用
することができるだろう。


なお、一人での海外出張が難しい場合は、上司や先輩とともに、となってもか
まわない。ただその場合、若手社員は、単なる「カバン持ち」などとしてではな
く、習得すべき事項を設定したうえで、明確な目的・目標を持ち、一定の役割を
担うことが望ましい。そうしてこそ、海外出張がグローバル人材としての力を伸
ばす方法として効果を発揮するものと考える。

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