中小企業のグローバル人材育成

齋藤 毅

ここ数年、FTA(自由貿易協定)やTPP(環太平洋経済連携協定)がよく話題になっているが、日本企業の海外展開、グローバル化は今に始まった話ではない。1985年のプラザ合意以降の円高が進展する中で、福井県企業も ―― 具体的には繊維や眼鏡、あるいは化学や機械等 ―― いろいろな業種が海外展開した。中でも中国、ベトナム、タイ等のアジア諸国へ進出していったのであるが、これら企業の進出先での経営活動を担う人材が、いわゆる「グローバル人材」である。

経済産業省の調査によれば、2014年3月末現在で日本からの進出企業(非製造業も含めて)で働いている人の数は552万人に及び、日本国内の雇用者数の約1割に相当する規模に達している。また、内閣府の調査によれば、日本の製造業の海外生産比率は2014年3月末で22.9%、5年後の2019年3月末には26.2%とさらに高まると見通している。

確かに「グローバル人材」の「確保・育成」の必要性は強まっている。だが、こうした人材の「確保・育成」は事業展開する海外に限らず、国内でも非常に難しいことである。とりわけ中小企業は「グローバル人材」の「確保・育成」は困難である。というのも一般に中小企業は大企業に比べて資金面などに制約があるからである。それでは、どのようにして中小企業は「グローバル人材」を「確保・育成」しているのだろうか。この点をアジア進出の日系企業3社(いずれも自動車部品製造業。以下A社、B社、C社と記す)をとりあげ検討してみよう。いずれも日本人を対象にした制度をとらえている。

1.現下のグローバル人材の教育訓練の仕組みについて

結論から言えば、いずれの企業も、グローバル人材を育成するための体系的な訓練制度はない。中堅層以上、さらにはそれ以上のマネジャー層には海外勤務のための特別の管理職教育は存在しない。他方、若手社員は入社してすぐに海外に派遣(若手社員の早期海外派遣)する仕組みが設置されているが、3ヶ月程度の海外出張をベースにしたものがあるだけである。それ以外の特別の訓練の仕組みは用意されておらず、若手社員の早期海外派遣の次元にとどまっている。

2.次世代の人材育成に向けた新たな取り組みについて

上に述べたように、各社の教育訓練面での取り組みは多分に限定的である。しかし、それにもかわらず、3つの企業は、いずれも安定的・継続的な企業運営の実現に向けて次の世代の人材育成の必要性を認識し、新卒採用等を通じて必要な人材を確保・育成しようとしている。

例えば、B社は、大卒・大学院卒、高専卒、高卒と幅広い層から採用しているが、このうち大卒・大学院卒は採用時に海外勤務の可否を確認するようにしており、その際に海外勤務ができないとの意思を表明した応募者は採用しないという方針をとっている。

C社は新人であれ、ベテランであれ、日本人スタッフは全員「赴任(=出向)させるのではなく、3ヶ月間の出張(もしくは5ヶ月間の長期出張)を繰り返す」という形で派遣している。4から5年間の海外勤務を担当する人材を確保するのは難しいが、3から5ヶ月間程度の出張ベースの海外勤務であれば比較的本人や家族からの了解・合意が形成されやすいからである。

また他にもA社とC社は日常的に語学力向上に取り組んでいる。例えばA社は、朝礼の中で英語のスピーチを全員持ち回りで実施している。この狙いは、日本人スタッフの「英語に対する苦手意識をなくし」、ひいてはできるだけ多くの人に海外勤務を担当してもらえるようにすることにある。

これら3社の取り組みは、いずれもグローバル人材を量的に確保しプールするための経営独自の工夫の一例であると言えるだろう。

以上、要するに、3つの企業は (1) 従来、どちらかというとその場その場で必要に迫られて行っていた人材育成のあり方を見直し、(2) それによってもう少し日常的にかつ体系的に人材育成に取り組むことができるようにすることを目指している。

だが、「このようにすれば、人材育成がうまく行く」というような最善の人事諸施策があるわけではない。どの中小企業も大概、大企業に比べて資金面などに制約がある。このため、自社ができる範囲を勘案しながら独自のやり方を考案し、実行していかなくてはならない。

無論、中にはさほど目新しい取り組みは行っていない企業もみられる。けれども(そうした地道な取り組みも含めて)その一つ一つは「グローバル人材」の「確保・育成」にとって欠かせないものである。それらは経営資源に制約がある中小企業の「グローバル展開の下地づくり」の実現にとって決定的とも言える重要性をもつからである。

注:このコラムは、福井銀行様の御厚意により同銀行の機関紙『福銀ジャーナル』に「寄稿文」として掲載していただいたものをベースに、できるだけ論旨が明確になるように新たに書き下ろしたものである。掲載時の原題は「中小企業のグローバル人材育成の現地点」(『福銀ジャーナル』盛夏号、2015年7月)である。

 

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