「民政への道半ばで精神的支柱を失ったタイ」

春日 尚雄

この数ヶ月でタイの政治、あるいは経済にも大きな影響を与えかねない出来事があったので触れてみたい。8月7日に新憲法草案に関して国民投票が行われ、約60%の賛成をもって可決された。2014年5月のタイ陸軍によるクーデター以来、暫定首相プラユット氏が率いる政権による軍政がおこなわれており、新憲法はこれを民政に戻すためのロードマップの一部でもある。様々な勢力、大きく分けると既得権益層(反タクシン派)、現状打破層(タクシン派)、軍、の3つが自己に有利な憲法を求め、当初妥協は困難とみられていた。しかし実際に国民投票がおこなわれると、軍に有利な条項の多い憲法草案であったにも関わらず民意は新憲法として受け入れることを選択した。これは当初意外感を持って受けとめられたが、2010年のタクシン派による大騒乱を経験した後、軍政によって一時的にも政治の安定が回復したことが評価されたとも言える。またプラユット氏が軍出身でありながら、意外にも実務能力が高いことも要因としてあげられている。いずれにしてもタイ人の現実主義的なしたたかさを改めて見た思いがする。その後の道筋としては、新憲法が国王の署名を得て公布され、総選挙の実施、新政権の発足ということになり、最短で2018年初頭に新内閣が組閣されるが、その際現時点で評価の高いプラユット氏の続投の可能性があるということも驚くべき点だ。2006年のタクシン元首相追放・亡命以来、延々と続いた政争をこのような形で収める知恵がタイにあることを筆者などは素直に感心する。

しかし国民投票のわずか2ヶ月後、10月13日にプミポン国王(ラーマ9世)が亡くなったというニュースが飛び込んできた。亡くなった国王は日本でもよく知られているように、タイ国民から絶大な支持と敬愛を集めており、日本の皇室とは特別親しい関係にあった。過去には絶妙とも言える政治的な介入をおこなったこともあり、タイ人にとっては単なる国家の象徴ではなく、政治安定のための最終的な権力バランサーでもあったと言えるだろう。後継国王にはワチラロンコン王子がなると見られているが、この原稿執筆時(11月2週)には即位の日程などは発表されていない。また亡くなったプミポン国王の懐刀とも言える存在の、1980年代に首相を務めたプレム元首相が暫定摂政についたとのことであるが、不思議なことにプレム氏の動静と言動が伝わってこない。さらには、先に述べた新憲法公布には新国王の署名が必要であるとの状況も絡んでいる。現在のタイにとっては、後継国王問題を早急に着地させることが求められているが、国民感情も考慮しながらまだ揺れているとも考えられる。そして、もしタイ国民の王室観が仮に近い将来変化した場合、どのような価値観が生まれるのか想像することは大変難しい。いずれにしてもプミポン国王の死去は、タイにおいて多方面への影響が生じる可能性があることだけは予想しておいた方が良いだろう。

タイはASEANの枠組みでも大国となり、大きなプレゼンスを示すようになった。外国投資誘致の成功に続いて大きな消費市場が形成されようとしている。現在7000社もの日系企業がタイで操業しているとも言われ、タイの社会、政治・経済の安定は日本にとっても極めて重要であることは論を待たない。日本政府と日本企業は、タイの変質も視野に入れた対応をする必要が発生することを念頭に置いておくべきであると思う。

 

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