米中貿易摩擦の行方と東南アジア諸国の反応

猿渡 剛

米国のドナルド・トランプ大統領は2018年3月22日に、500億から600億ドルに相当する中国製品に高関税を課す制裁措置を表明した。自動車部品や家電製品、電気機器など、約1,300品目を対象に25%の関税を課すとした。さらに4月5日には、中国の知的財産侵害に対する制裁関税として1千億ドルの積み増しを検討すると発表した。前日に中国が報復関税として、大豆、航空機、自動車など106品目の米国製品に25%の追加関税を課す予定であると発表したことを受けた措置である。米中両国間の報復はより一層の貿易摩擦へと発展しかねない。
トランプ大統領は関税率を引き上げる第一の理由として、中国との貿易不均衡を挙げた。2017年の貿易統計によれば、米国は中国から約5,050億ドルを輸入しているが、輸出額は約1,350億ドルにとどまっており、この巨額の貿易赤字を是正したいのであろう。また、今年11月に実施される米国の中間選挙に向けた支持者層へのアピールとの指摘も、一定程度妥当ではないか。
米国が他の大国なり地域から輸入する際に関税を引き上げるのは、今に始まったことではない。バラク・オバマ前大統領は、実際に2回にわたって、鉄鋼の関税率を引き上げた。この鉄鋼を対象とした関税賦課は、ジョージ・W・ブッシュ元大統領にまでさかのぼることができる。
しかし、それにしてもトランプ政権は追加関税を頻繁に課す。昨年10月に航空宇宙産業機器、11月には木材を対象に、カナダ産品に関税を課した(その後、航空宇宙産業機器に関しては2018年1月に撤回した)。今年に入ってからも、1月には太陽光パネルと洗濯機に追加関税を設定している。保護主義的な政策が経済損失をもたらすとトランプ大統領やその支持者が認識するのは、当分先になりそうである。
東南アジア諸国は、こうした米中間のつばぜり合いを注視している。
ポジティブな反応としては、両国の摩擦が続けば東南アジアの生産や外国からの投資の増加が見込めるというものがある。たとえば、中国が米国産大豆の輸入を減らせば、マレーシアやインドネシアのパーム油生産者は恩恵を受けるとの指摘がある。また、米国企業による投資先が中国から東南アジアに置き替わる可能性がある。つまり、中国製品に対する米国の追加的な関税を回避するため、東南アジアが代替的な生産拠点と化すかもしれない。その代表的な製品が、既に東アジアからの輸出のかなりの部分を占める太陽光パネルや電気電子製品である。中国や台湾のメーカーは、関税を回避し、人件費を削減し、インセンティブを利用するため、既にベトナムとタイで太陽光パネルを生産し始めている。そのため、近年では東南アジアの世界生産シェアが上昇してきている。電気電子製品に関しても、マレーシアやフィリピンにおける多国籍企業の集積がさらに進展するシナリオは想像に難くない。
その一方で、米国による関税引き上げは東南アジア諸国に負の影響を及ぼすかもしれない。今年の4月に入り、「米中貿易摩擦の影響を受ける可能性のある分野は、半導体、マレーシア製建材および港湾である」とタイのCIMBリサーチは結論付けた。たとえば、マレーシアは半導体をはじめとして多くの電気電子分野の最終製品や部品を中国に輸出してきた。世界銀行のチーフエコノミストであるスディル・シェティ氏は、関税引き上げの対象となる米国のリストに掲載される中国製品の3分の2が、マレーシア、ベトナム、フィリピンを中心とした東南アジア地域のサプライチェーンと関連していると指摘した。中国の輸出不振は東南アジアの輸出・生産にも多大な影響を及ぼし、内資・外資を問わず東南アジアの企業を困難に陥れるといえる。
東南アジア諸国は米中貿易摩擦から起こるネガティブな影響を避けるため、より一層の貿易障壁の削減・撤廃を進めなくてはならない。2015年末に開始したASEAN経済共同体の強化を進めるとともにTPP、RCEP(域内包括的経済連携)の締結・発効を急ぐ必要性が、今後ますます高まっていきそうである。

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