ケインズ「人口減少の経済的帰結」の現代的意味

岡 敏弘

ケインズに「人口減少の経済的帰結」という小論がある。これはケインズが1937年に行った講演である。そこでケインズは、資本需要は、(1)人口、(2)生活水準(労働生産性と同義)、(3)生産の平均期間(これは資本産出高比率と同義)に依存すると言い、1860年から1913年までの間に、人口は50%増え、生活水準は60%増え、生産期間(資本産出高比率)が10%増えたから十分な資本需要があったが、これからは(20世紀半ばには)、人口は停滞し、生活水準の改善はせいぜい年1%だし、生産期間は縮まる傾向にあるから、資本需要が不足すると予測した。
資本需要が不足すると何が問題か。それは、資本供給が資本需要を上回る傾向を生む。資本供給とは貯蓄であり、資本需要は投資需要として現れるから、これは貯蓄が投資を上回る傾向を意味する。その傾向が生じると、貯蓄が投資に等しくなるように経済全体の生産が縮小し、雇用が減ってしまう(これはケインズが1936年に明らかにした有効需要の原理)。
ケインズは大雑把な数字を挙げてこのことの意味を明らかにしている。当時のイギリスには150億ポンドの資本があり、年所得(総生産)は40億ポンドである。完全雇用時の貯蓄率は8~15%だから、年々3~6億ポンドの貯蓄が生まれる。これは150億ポンドに対して2~4%に当たる。つまり、資本が年々2~4%増えていくほどの投資需要がなければ完全雇用を維持できない。資本が毎年2~4%増えていくのなら、総生産(所得)も2~4%増えなければならない。ところが、人口成長はゼロで、生活水準(労働生産性)上昇率が年1%なら、総生産(所得)は1%しか成長しない。これは、2~4%という必要成長率に満たないから、資本は余り、生産は縮小して失業が生じるというわけである。
これにどう対処するか。ケインズの処方箋は、貯蓄率を下げるか、資本産出高比率を上げるというものであった。どちらも必要成長率を下げることにつながる。貯蓄率を減らすためには、所得分配をもっと平等にしたらよいと言った。貧しい人への分配が増えると、所得が消費されて貯蓄が減るだろう。資本産出高比率を上げるために、利子率を下げろと言った。利子率が下がれば、収益率の低い資本も存在理由があることになるからである。
現実の20世紀後半は、ケインズの予想に反して、人口はそこそこ増え、労働生産性が大きく伸びたので、資本需要不足はそれほど問題にならず、資本主義は繁栄した。今ようやく、日本では、人口は減り、労働生産性も1%未満しか伸びない時代を迎えた。政府も多くの経済学者も、人口と労働生産性とによって決まる成長率を上げようと躍起になっている(成長戦略)。ケインズの処方箋の特徴は、それと反対に、人口と労働生産性とによって決まる成長率を天から与えられたものとして、これに触らず、成長しない経済と両立する条件は何かを追求したところにある。
人口と労働生産性によって決まる成長率とは、後にハロッドが「自然成長率」と呼んだものに他ならず、貯蓄率と資本産出高比率によって決まる必要成長率は、これもハロッドが提唱した「保証成長率」にほかならない。ケインズは、ハロッドが保証成長率の自然成長率からの乖離と見たのと同じ問題を見ていたのだ。彼らの理論は、「再び成長を」という夢から覚めるのを助けてくれるだろう。

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