「繊維王国・福井」の強みとは

木野 龍太郎

ご存じの通り、福井県はナイロン、ポリエステルなどの合成繊維長繊維織物において、現在でも日本有数の産地である。古代より越前の国では絹織物の生産が盛んであり、江戸時代には藩の財政を支える重要な品目であったとされている。明治期においては、最新鋭の製織技術の導入とともに、輸出向けを中心とした羽二重織物の生産が盛んになった。その後、幾度となく荒波が産地を襲うなかで、主生産品目を人造絹糸(レーヨン)、合成繊維(ナイロン、ポリエステル)と変えながら、日本有数の繊維産地としてしぶとく生き残っている。他産地の例を見ても、このように主生産品目を変えながら、現在でも繊維産業が地域経済を支える力強い存在となり得ているところはあまり見当たらず、非常に希有な存在であるといえる。
日本経済の発展は繊維産業の発展とともにあったといっても過言ではない。現在の日本を支える主力産業のひとつである自動車産業を見ても、日本最大の自動車メーカーであるトヨタ自動車のルーツは豊田佐吉が発明した自動織機にあり、小型車メーカーのスズキもそのルーツは鈴木道雄の発明した鈴木式織機にある。原糸メーカーの多くは現在、その技術を活かして化学メーカーとして発展してきており、日本の大手商社の多くは繊維取引で拡大してきている。機械メーカーにおいてもルーツが繊維機械にある企業も多く、繊維は日本の経済を支えてきた重要な産業であったといえる。
福井産地の話に戻ると、現在、福井産地は合繊長繊維織物において全国生産量の約4割を占めており、準備(糸加工など)、製織、染色・機能加工などの中間加工業者が産地を形成している。その多くは、原糸メーカーなどの発注元から材料と設計書を受け取り、加工して納入し、加工賃を受け取る「賃加工」という形態が取られていることが多い。かつては勤勉で低廉な労働力を背景にした大量生産が行われていたが、円高・諸外国の台頭により国際競争力が低下し、輸出主体であった福井産地には厳しい状況が続いている。
しかし2000年頃からは、こうした受託加工中心から「製品開発・提案型」ビジネスへの転換が図られてきている。すなわち、受託加工を通じて製品に関する技術やノウハウを身につけた産地企業が、自社で開発した製品を発注元の原糸メーカーに提案していくというものである。これは、単なる下請的生産とは異なる技術的主導性を持つビジネスであり、低コスト生産を武器としている海外の企業には、簡単に模倣ができないものであるといえる。一方、繊維以外の分野へと多角化を進める原糸メーカーにとっては、産地の提案を活用することでより付加価値の高い製品の開発が行えるだけでなく、製品開発の負担を減らし自社の経営資源を新分野へと振り向けることが可能となるわけである。また産地企業のなかには、非衣料分野にも積極的に進出している企業も多く見受けられ、自社で開発した製品を自社で販売する「自販」を通じて、新規市場の開拓が行われている。
また注目すべき点は、国内外の高級ブランドとの取引も多く見られていることである。こうした取引においては、発注元は自社ブランドの差別化のために「市場にない特長ある製品」を求めており、大手企業では大ロットでないと対応が難しいことから、高い技術を持ち、発注元の要望に柔軟に対応できる小規模企業と取引を行う傾向にあるとされる。すなわち、技術力が高く小規模企業が多い福井産地は、こうしたブランド企業との取引に適した産地であるといえよう。付け加えていえば、新製品に関する情報が漏れないよう、あえて地方都市の繊維企業との取引を行うブランド企業もあるとのことであった。
先述したように、かつて福井産地は生き残りを模索して生産品目を変えながら、粘り強く発展を続けてきた。そこには、企業だけでなく、大学、行政、そして公設試験場が密接に結びつき、まさに「繊維版シリコンバレー」のような様相を呈していた。ここで培われた技術を継承するとともに、機械、化学などの分野でも多くの技術蓄積がある福井という地域の強みを活かし、他分野とも連携しながら、新たな価値の創造へとつなげていくことが望まれる。

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