「食料・農業・農村基本法」の理念は実現されたか?

北川 太一

「食料・農業・農村基本法」が制定されて、今年でちょうど20年になる。周知のように、「農業基本法」(1961年)に代わって制定された新しい基本法は、理念が大きく転換した。その第1条(目的)には、次のように定められている。
「この法律は、食料、農業及び農村に関する施策について、基本理念及びその実現を図るのに基本となる事項を定め、並びに国及び地方公共団体の責務等を明らかにすることにより、食料、農業及び農村に関する施策を総合的かつ計画的に推進し、もって国民生活の安定向上及び国民経済の健全な発展を図ることを目的とする。」
すなわち、それまでの農業基本法が、農工間の生産性格差の是正を通して農業の発展と農業従事者の地位向上をめざしたのに対して、新しい基本法は、狭義の農業政策にとどまるのではなく、消費者にも軸足を置き安全・安心な食料を供給する食料政策、生態系の維持や環境保全、自然災害の防止やレクリエーション・教育の場など、農業が有する多面的な機能を重視する農村地域(資源・環境)政策を同列に位置づけ、農業・農村の持続的な発展を「総合的かつ計画的」に進めようとした。この背景には、いわゆる農業の近代化や構造改善では法の理念が実現しないという反省があった。そこで新しい基本法では、農業の問題は、単に生産者や農業団体だけではなく、国や地方公共団体はもちろん、食品産業等の事業者や私たち消費者も責務を果たすべきものであり、「国民生活の安定向上」や「国民経済の健全な発展」にとっても重要な問題であることを明確に謳ったのである。
法制定から20年、果たしてこうした理念は実現したであろうか。
安倍第2次内閣が発足した2012年頃と現状(2017~18年度)とを比較してみると、農業総産出額(8.5兆円→9.3兆円)、生産農業所得(2.9兆円→3.8兆円)、農林水産物・食品の輸出額(4,500億円→9,100億円)では伸びがみられる。また、法人経営体数(1.4万法人→2.3万法人)、担い手への農地利用集積率(47.9%→56.2%)、飼料用米の生産量(16.7万t→42.1万t)なども増加している。安倍政権は、発足後すぐに「農業の成長産業化」を提唱し「産業政策」や「構造政策」(大規模化政策)に重点を置いてきたが、これらの数字の限りでは、一定の成果が現れたとみてよいであろう。しかしその一方で、農業就業人口(251.4万人→175.3万人)、基幹的農業従事者(177.8万人→145.1万人)、肉用牛飼養頭数(272.3万頭→251.4万頭)などは減少している。
農業の成長産業化政策は、農業経営を大規模化・施設化し、担い手の構造を少数精鋭化することに重点が置かれる。その結果、上述のように金額面ではある程度の増加を示しているものの、その伸びを牽引している畜産や面的に多くを占める水田農業の基盤は弱体化しつつある。食料自給率は上昇の兆しがみられず、農業の多面的機能を発揮する上で不可欠な農村コミュニティの崩壊が指摘され、遊休・荒廃農地も今なお増加している。このことは、法の理念である農業政策、食料政策および農村地域政策との調和のとれた推進にとって決して望ましいことではない。蛻農化や農村地域の空洞化を防ぎ、食、農、地域が結びついた社会をどう実現していくのか。依然として課題は山積している。

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