海洋生物資源学部

学部長挨拶

横山芳博学部長

海洋生物資源学部長/博士(農学)
横山 芳博 (よこやま よしひろ)
 

海洋や水生生物の様々な謎に挑む!

 栄養豊富な水産物(海洋生物資源)は世界的にも人気があり、世界中で様々な水産物に対する漁獲圧が高まっています。人の活動に伴って、海洋環境が変化もしているようです。それらの結果、魚介類は減少傾向にあると考えられています。今後も海洋生物資源を持続可能なレベルで利用するためには、その再生産の場である海洋環境を正確に理解する必要があります。また、再生産の特性を含めて海洋生物そのものを深く 知ることも重要です。
 しかし、海水温や潮流の変動理由など、身近な海洋環境に関しても謎が多くあります。海の生物に関しても、よく知られた魚でも生態が不明のものは多く、未発見の海洋生物も多くいると考えられています。資源量が多くても有効な利用方法が分からない生物もいます。海洋生物資源に関する謎を解き明かすのはとても楽しいことです。ぜひ一緒にこれらの謎解きに取り組みましょう。
 

海洋生物資源学部では

 福井県西部に位置する若狭湾に面した小浜キャンパスを拠点とする、日本海側唯一の水産・海洋系の学部です。海洋生物資源の持続的な利用を目指して、海の生態系における多様な生物と環境因子との関係や生物生産の仕組み、さらに「食」を中心とした海洋生物資源の利用加工やそれらの消費流通過程に関する教育・研究に取り組んでいます。

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海洋生物資源学部を構成する5つの教育研究領域
 

卒業生の軌跡

濱頭寿成さん

濱頭 寿成 さん
勤務先/福井県漁業協同組合連合会 敦賀支所 販売課
・福井県出身
・福井県立小浜水産高等学校 卒 (現 福井県立若狭高等学校)
・2006年生物資源学部海洋生物資源学科 卒 (現 海洋生物資源学部)

これまでもこれからも 海と共に生きる

わたしの軌跡
 

エピソード01 「魚が好き」から決めた進学 水産を学べる最高の環境へ

 実家は、小浜の「阿納の港」の目と鼻の先です。砂浜もある海水浴場で、小さい頃の遊び場はいつも海。釣りも好きだったので、「いつでも魚と触れていたい」という思いがありました。
 そこでまず、小浜水産高校(当時)に進学しました。資格も多く取れる学校で、進学よりも即戦力として就職していく人がほとんどでしたが、先生に勧められて自分は県大に進学することを決めました。日本の大学で水産系を学べるところは実は少なくて、県大は恐らく日本海側で一番設備の整った大学ではないかと思います。ただ地元の大学といっても先輩からの情報は皆無で進学を決めた段階では「全く未知な大学」という印象でした。
 

エピソード02 寂しさからのスタート 学生生活を振り返る

 入学時、地元から進学する同級生や先輩がいなかったため、「自分は大学に入ったら一人ぼっちだ」と思っていたんです。寂しさもあり友達を作ろうと必死になっているうちに県外出身者の多くが自分と同じ様な気持ちを持っているということに気づきました。特に都会的な生活に慣れていた人達は自然豊かな小浜の環境を、来てすぐに楽しむことは難しかったようで、とにかくそういう人たちに自分からアプローチしていきました。そうしていく中で幸福なことに今の奥さんにも出会えました。 また3年生のときに、海友会(学生主体の自治会)の会長を務めました。大学祭の企画や運営を行い、学内だけでなく地域の人たちとも交流し、大いに盛り上がりました。
 卒業論文では「真鯖の種苗生産(稚魚を増やし育てること)」について研究したのですが、当時これをやっている人は皆無。私が始めて、後輩に引き継ぎ、最近完全養殖に近いところまできたんです。当時指導していただいた先生は現在鯖についての第一人者。「もしかして自分はすごい研究をしていたのでは?」と思ったり。当時は訳も分からず必死でしたが、今になって振り返る事でその時見えていなかった研究や勉強の価値がわかることもあります。これから学ぶ皆さんにも是非頑張って欲しいです。

 当時の海友会の様子
 

エピソード03  入社後製氷の仕事を経て厳しい立場の競り人へ

 漁連に入って、最初は製氷冷蔵課に配属になり、氷を作ったり保冷庫の魚を出し入れしたりしていました。入りたての頃は製氷システムすら知らず、必死で覚える日々が5年くらい続きました。その後販売課に異動になって今度は競り人に。競り人は競り場を仕切り、商品の価値を正しく判断し的確な価格を付ける必要があります。そうして漁師さんと仲買人さんを仲介する役目を担っています。そのため漁師さんには「安い!」と怒られ、仲買人さんには「高い!」と怒られる。まさに板挟みで厳しい仕事だと痛感しました。
 小浜で12年務め、今年敦賀に来たのですが、市場によって「手やり」という競りの時のサインも違えば、魚の呼び方、時間、売り方、競り方全部が変わってしまうので本当に大変です。でも、魚の相場は競り人と仲買人さんが折り合ったところで決まるので、漁師さんから「高く売ってくれてありがとう」と言われた時は本当にやっててよかった!と思え、また頑張る活力になります。
 

エピソード04 競り人としての役割 子供に誇れる仕事を

 今年地元小浜から敦賀の支所へ異動になり、競りのシステムが大きく変わりました。とても大変ですが、きちんと覚え直さないといけません。なぜなら競り人は、命がけで魚を取ってくる漁師さん、売って商売をする仲買人さんの間に立ち、そういった人たちの生活に関わる責任重大な役割を持っているからです。
 昼夜は逆転し、休みもほぼないので、家族にはすごく負担をかけていると思います。それでも文句を言わず支えてくれ、感謝をしてもしきれません。子どもの入学式にも行けず、すごく申し訳ないのですが「入学式に来られなくても、自分の父親はこんなに立派な仕事をしているんだ」と子どもに胸を張って言ってもらえるような仕事だと自負しています。

仕事の様子
 

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