国際標準化戦略で日本再生を
池下 譲治
グローバリゼーションによって「競争のルール」が変わったと言われるが、今、現実に起きているのは「ルール(国際標準化)の競争」である。背景には、95年に発効されたWTO/TBT協定がある。これは、制度や規格が貿易上の不必要な障害とならないように、国内規格を国際規格に準拠させることを原則義務付けるものである。さらに、96年発効のGPA協定では、政府調達における技術仕様も国際規格に準拠することを義務付けている。これが問題となったのは、JR東日本が01年、ソニーが開発した国際標準未取得のFelica方式のICカード(Suica)を調達しようとした際のことだ。モトローラからWTO政府調達違反として異議が申し立てられたのである。たまたま、モトローラ方式ICカードの国際標準が成立前であったため、申し立ては却下。その後、Felica方式も国際標準化されたものの、日本の国際標準化への対応の遅れと認識の甘さが露呈されることとなった。
一方、ヤクルトは2010年、コーデックス委員会に働きかけ、乳酸菌飲料を発酵乳規格の4つ目のカテゴリーとして位置付けることに成功。国際的な認知度が高まるとともに、健康食品としての認定を受けたことで、イタリアでは、付加価値税が20%から10%以下に低減されるなど売り上げ拡大につながっている。
このように、TBT協定によって、国を問わず、国際標準が競争のルールとなり、国際標準化が各国産業や企業の国際競争力を決定づける重要な要素となったのである。一方、オリンピックやF1の例を挙げるまでもなく、ルール改正を通じて、日本はいつも苦渋を味わってきた。由々しき事態は、企業の海外展開においても起こっている。例えば、タイの自動車税制はこれまで、日本に有利なHV優位の(車両構造に基づく)税制だったが、ドイツ自動車工業会がタイ政府に働きかけた結果、欧州に有利なCO2排出基準ベースの物品税制に変わってしまった事案がある。
こうしたことから、日本政府は今、国際標準化戦略を通商政策の中心に位置づけている。今後、特に、緊要と思われるのが以下の3点だ。
(1) 標準化人材の育成
問題なのは、事の重大さに気づいていない経営層が多いことと、標準化のビジネスインパクトについての評価指標が確立していないことである。これでは、いくら優秀な人材がいたとしても、やる気も起きまいというもの。まずは、経営層の意識を変えていくことだ。
(2) 日系グローバル認証機関の実現
国際標準化に際して、第三者認証機関の存在は不可欠だ。そこで、問題視されているのがグローバルな日系認証機関の不在である。海外の巨大な認証機関に比べると、国内の認証機関は規模も小さく海外展開も遅れている。いきおい、グローバルな海外認証機関に依頼せざるを得ないのが実情であろう。ところが、割高なコストや外国語対応への負担に加え、認証取得に時間がかかることで海外展開に遅れを生じるといった問題が報告されているのだ。さらに、性能規定化されている場合には、詳細技術情報が国外流出する恐れもある。このため、ある国内メーカーでは、自社開発製品の国際規格を2つ取った際、リスク分散のため、それぞれ別の国の認証機関に依頼しているという。今後、日本が世界に誇る上下水道や交通システム、エネルギー・プラントといったインフラの海外展開を円滑に進めていくためにも、グローバルな日系認証機関の出現が望まれる。
(3) 標準化活動におけるアジアへの貢献を通じた連携強化
新たな国際規格として承認を得るには、数の力が必要である。そのためには、まず、価値観が近いアジアの中でまとまること。わけても、日本との信頼関係が厚いASEAN諸国との連携は不可欠だ。この点において、近年、日本がアジア諸国と連携し、インバータエアコンの性能について適正に評価されるISO規格を制定したこと。さらに、ベトナムがそれに基づく省エネ性能の評価基準を導入しようとした際に、日本が技術支援など環境整備の協力を行ったことは特筆に値する。一方、ASEAN経済共同体における基準認証分野の調和に関しては欧州勢が積極的に支援しており、日本は後手に回っているのが気懸りである。
こうしてみると、グローバル競争時代においては、たとえ、一企業といえども、ルールに対して受動的ではなく能動的に向き合うことが必要だろう。一方、今日のグローバルルールにはローマ帝国やそれに続く中世ヨーロッパに淵源を持つものが多いと言われるように欧州勢には一日の長がある。しかし、彼らも決して万能なわけではない。EUでは、政策決定の過程に民意が十分に反映されないといった「民主主義の赤字」問題を抱えていることもまた事実である。大事なのは、環境保護、人権擁護、貧困撲滅、自由貿易などといった国際社会が共有する理念や原則を踏まえつつ、日本再生のためのグローバルなルール作りに、今こそ、オールジャパンとして打って出ることではないだろうか。
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