好調なベトナム経済と中所得国の罠
春日 尚雄
「チャイナ・プラスワン」の本命として注目されてきたASEANであるが、中でもベトナムの好調さが際立っている。2017年のベトナムの経済成長率は6%台後半であることが予想されており、海外からの直接投資も順調に入って来ている。ASEAN10カ国各国の貿易額を比較しても、ベトナムによる輸出入合計額はタイとほぼ並んでASEANトップに躍り出ている。ASEANは先発6カ国(タイ、インドネシア、マレーシア、シンガポール、フィリピン、ブルネイ)と、後発4カ国(ベトナム、ラオス、カンボジア、ミャンマー:CLMV)の経済格差縮小を長らく大きな目標としていたが、CLMVの中でもベトナム経済が大きく躍進した格好になっている。
ベトナムは外国投資をテコとし、先進国への輸出主導というモデルで成功している。ASEANでもタイにおいては日本企業、なかでも自動車、電機といった製造業の進出が大きなインパクトを与え、タイにおける裾野産業を含めた日本のプレゼンスは非常に高い。しかし、ベトナムはタイとは異なり韓国、中国からの投資が際立っている。その中でもエレクトロニクスの分野で、韓国サムスン電子によるスマートフォンの生産、輸出が突出して多くなっている。ベトナムからのスマートフォン(HS8517)輸出は2016年で343億ドルにのぼり、ベトナムの全輸出額の約19%を占めており、その大半がサムスン電子によるものである。エレクロニクス製品は一般にそのライフサイクルが短く、製品のモデルチェンジやメーカーのシェアの変遷も非常に速い。しかしながら、こうしたコンシューマー向け製品1品目で日本円換算で4兆円近い出荷を、開発した本国ではなく東南アジアの工場からおこなわれているのは、かつてなく驚くべきことである。
製造業特にエレクトロニクスにおいて、日本以外のアジア新興国の躍進という背景があることは間違いなく、さらに中国という大市場における生産・販売からASEANにシフトをおこなった際、韓国などのメーカーがベトナムに集中立地したことは地政学的にも説明が付くことであろう。しかしながら、ベトナムにとってこうした投資ラッシュが長期的な産業の育成に繋がるかは疑問もある。昨今は貿易に関しては付加価値の統計も重視され始めており、輸出におけるその国で付与されたGDP比でみた付加価値率によれば、ASEAN10カ国の平均が35%、ベトナムはミャンマーと並び最低レベルの10%となっている。すなわち材料、部品の大半を輸入し、国内では労働集約的である組立工程をおこない輸出するという下請け的な構造であることを示唆している。
ベトナムについては、かつて輸出トップ品目が繊維・縫製品であった頃から、「中所得国の罠」という表現で裾野産業の充実が必要であるという産業構造の脆弱性が指摘されてきたが、それは現在でも大きく変わっていない。しかしながら外国投資の流入に加えて、ICT、観光業を始めとするサービス産業の育成も順次進んでいるのも確かである。現在のバブルとも言えるベトナム経済の好調が続く間に強固な産業基盤を整備することで、低位中進国から高位中進国へのステップアップを、マレーシア、タイとは少々異なる道筋で実現することは十分可能であるかも知れない。
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