福井県の人口減少とジェンダー
福井県立大学 看護福祉学部 教授 塚本利幸
福井県の人口減少は、全国を上回る水準で進行している。その要因は、1.自
然減の進行、2.社会減の進行、に分けることができる。1.自然減に関しては、
合計特殊出生率は全国平均を上回っているが、先行する高齢化による死亡者数
の増加を補える水準には達していないことによる。2.社会減に関しては、2020
年の転出率が1.58%(全国38位)、転入率が1.39%(全国35位)といずれも全
国平均を下回り、定住性の高い地域となっているが、転出率が転入率を上回る
ことで進行することになる。
福井県の人口減少の原因を探る目的で、2020年8月1日から21日にかけて、イ
ンターネットによるアンケート調査を実施した。対象者に関しては、「福井県
出身者および福井県になじみのある方で、福井県外および福井県内に居住され
ている18歳以上の方」とした。福井から出ていった人たちに関しては、東京都
県人会、大阪府県人会の協力を得て、そのメーリングリストを用いて登録者に
回答を依頼した。他にも福井県立大学のHPを用いて卒業生などに回答を求め
た。有効回答数は588である。回答者の就学年数に関して、大卒相当と思われ
るものが60.2%、大学院卒相当と思われるものが20.7%に達した。日本の大学
進学率が5割程度、大学院進学率が6%程度であることを考えると、極端に高学
歴層に偏ったデータとなっている。
昨年の9月30日のコラム(塚本担当)では社会減の進行に関して、誰がどの
ような理由で、1.福井県から出ていくのか、2.出ていかずに残るのか、につい
てアンケート調査のデータ分析を通して検討した。分析の詳細に関しては、
『新しい〈地方〉を創る』(杉山友城編著、晃洋書房、2022年)の2章をご覧
いただきたい。
まず、上記の検討結果を概観しておきたい。福井県との関係を基準に居住経
路を、「定住」(進学、就職、結婚などの契機を経ても、福井県に留まり続け
ているグループ)、「流出」(上記の契機を経て、福井県から転出し、戻って
きていないグループ)に分類し、この2グループを比較した。それぞれの人数
は、「定住」が125人(40.3%)、「流出」が185人(59.7%)であった。高学
歴層で、福井県に残った人、出て行った人、とは、どんな人たちなのだろう。
アンケート調査では、仕事、人生の楽しみやすさ、日常生活、人間関係の4
分野に関連して、それぞれ14項目、8項目、10項目、10項目の質問をおこない、
「しやすい」、「どちらかといえばしやすい」、「どちらともいえない」、「
どちらかといえばしにくい」、「しにくい」の5段階で回答を得ている。
質問項目をより少数の要因(因子)に縮約する目的で、4分野ごとに因子分
析(最尤法、プロマックス回転)を実施した。仕事関連の項目からは、3つの
因子が抽出され、因子1は、「仕事の幅を広げる」、「職業上のスキルを磨く
」、「キャリアアップする」、「高収入を得る」といった項目との結びつきが
強いため「キャリア形成評価」に関する因子であると解釈した。因子2は「仕
事と介護の両立」、「仕事と子育ての両立」といった項目と結びつきが強いた
め「ワーク・ライフ・バランス評価」、因子3は「働き口の見つけやすさ」、
「働き続けやすさ」と結びつきが強いため「就業機会評価」、と名付けた。
人生の楽しみやすさ関連の項目からは、2つの因子が抽出され、それぞれ、
「趣味を深める」、「好奇心を満たすと」などとの結び付き、「最新の情報を
得る」、「流行のものを手に入れる」との結び付きが強く、「余暇評価」と「
モード評価」であると解釈した。
日常生活に関連する項目からは、2つの因子が抽出され、それぞれ、「子育
てのしやすさ」、「介護のしやすさ」などとの結び付き、「長生きする」、「
健康を維持する」との結びつきが強く、「生活評価」と「健康長寿評価」であ
ると解釈した。
人間関係に関連する項目からは、2つの因子が抽出され、それぞれ、「地域
とのつながりをつくる」、「近隣で助け合う」、「親せき付き合いをする」な
どとの結び付き、「自分の考えを貫く」、「多様性を尊重しあう」、「人目を
気にせず生きる」などとの結び付きが強く、「ネットワーク評価」と「寛容性
評価」であると解釈した。
これらの因子を用いて、ロジスティック回帰分析をおこなった。具体的には、
「定住」の居住経路に対して、「流出」の居住経路を選ぶ、確率の高さの予測
することになる。
独立変数として、4分野から抽出した因子を投入するが、多重共線性の問題
を回避するため、相関係数の値が大きな(0.5を超える)因子からは、片方だけ
を選んで投入する。具体的には、「キャリア形成評価」と「就業機会評価」か
らは「キャリア形成評価」を、「余暇評価」と「モード評価」からは「余暇評
価」を、「生活評価」と「健康長寿評価」からは「生活評価」を、選んで投入
する。「キャリア形成評価」、「ワーク・ライフ・バランス評価」、「余暇評
価」、「生活評価」、「ネットワーク評価」、「寛容性評価」の6因子に加え
て、跡継ぎの候補者(一人っ子、長男、男兄弟のいない長女)であるかどうか
も独立変数に加える。6因子に関しては、因子得点の中央値を基準として2分
割(評価している/評価していない)したうえで投入する。結果は、以下の通
りである。
「定住」を基準として、「流出」の経路を選ぶ確率の高さを予測する上で、
役に立つ(統計学的にみて有意である)のは、「キャリア形成評価」と「寛容
性評価」の2因子(5%水準で有意)で、オッズ比からは、「定住」に対して「
流出」の経路をたどる確率は、1)キャリア形成のしやすさを評価していると
0.547倍になり、2)人間関係ついて寛容性を評価していると0.575倍になる。
同じことの言い換えになるが、「流出」の経路をたどる確率は、1)キャリア
形成のしやすさを評価して「いない」と1.828倍、2)人間関係ついて寛容性
を評価して「いない」と1.739倍になる。職業上のキャリアアップを重視し、
地域のしがらみの強さ(社会関係資本のダークサイド)を嫌うものが、福井県
から出て行って戻ってこないという構図が推察される。
今回は追加の分析として、データを男女別に分けて、上記と同様のロジステ
ィック回帰分析をおこなった。内訳は、男性が166人(54.1%)、女性が141人
(45.9%)である。男性の居住経路の予測に有効な因子は、「キャリア形成評
価」の1因子(5%水準で有意)のみ、女性の居住経路の予測に有効な因子は、
「余暇評価」、「生活評価」、「寛容性評価」の3因子(10%水準で有意傾向)
であった。「定住」するか「流出」するかの決め手になっているのが、男性で
は職業上のキャリア形成のしやすさであるのに対して、女性では暮らしやすさ
の評価であるといったコントラストが浮かび上がってくる。「流出」の経路を
たどる確率は、男性では、キャリア形成のしやすさを評価して「いない」と
2.46倍になり、女性では寛容性を評価して「いない」と2.23倍になる。
男性の人口流出に関して、進学や就職に際しての魅力的な受け皿の少なさが
一因になっていることは間違いなさそうだ。実際には、福井県にはユニークな
技術力を有する中小企業が少なくない。大企業に就職して埋没してしまうより、
活躍の機会が豊富な中小企業で実力を発揮するといった選択肢の魅力を伝えて
いく取り組みが必要かもしれない。
女性の人口流出に関しては、ジェンダーに関するアンコンシャスバイアスの
根強さが影響していると考えられる。福井県は定住性の高い地域で、血縁・地
縁のネットワークがそれなりに維持され続けている。こうした社会関係資本の
豊富さは、福井県の暮らしやすさの一因でもある。一方で、こうした既存のつ
ながりは結節型のネットワークと呼ばれ、それが強すぎると、よそ者や少数者
を排除する傾向や同調圧力が強くながりがちであることが知られている。ジェ
ンダーに関するアンコンシャスバイアスが温存され、女性の意思決定過程への
参画を困難にするといった弊害も予想される。共働き率が58.6%(平成27年国
勢調査)と日本一の福井県で、女性の家事・育児時間(週平均)も2時間44分
と日本で3番目に長くなっている(平成28年社会生活基本調査)。女性が働い
ていて当たり前、その上で、家事も育児も介護も女性が中心になって担って当
たり前、といった状況では、女性は時間的なゆとりに乏しく、社会活動への参
加や職業上のキャリアアップが困難になる。
働く場所は豊富にあるが、働き方の選択肢は少ない。地縁・血縁のネットワ
ークが豊富で、社会的なつながりに包摂されて暮らしていけるが、スタンダー
ドからの逸脱は許容されにくい。福井県の特徴の光と影の部分への評価の違い
が、そのまま居住経路の選択にも影響していることが明らかになった。福井県
は「福育県」として子育てのしやすさをアピールして、人口の流入を促進しよ
うとしているが、人口減少という文脈からは、若い女性に愛想をつかされない
ような地域づくりを進めていく必要が浮かび上がってくる。
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