脱炭素経営に待ったなし

福井県立大学地域経済研究所兼担教員・経済学部 教授 杉山友城

 今年の4月4日、東京証券取引所は「プライム市場・スタンダード市場・グロ
ース市場」と3つの市場区分をスタートさせた。加えて、プライム市場に上場
している企業はTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)提言に沿って、
企業が受ける気候変動の影響を「ガバナンス」「戦略」「リスクマネジメント
」「指標と目標」の4項目で、投資家を含むステークホルダーへの情報開示が
実質義務化された。
 他方、今月の11日、二酸化炭素(CO2)排出量を取引するカーボン・クレジ
ット市場が、東京証券取引所に開設された。18日現在では、電力会社や金融機
関などの民間企業に加えて地方公共団体など206者が市場に参加し、初日から
20日までの8営業日で累計10,044t-CO2の(J-クレジット)売買が成立した。
ちなみに、24日の「再エネ(電力)」の終値は1トンあたり2777円(初日終値
は3060円)となった。
 市場で売買され、価格が形成されることで「J-クレジット」価格の透明性が
向上する。また、売り手は売却益を得ることができ、得た利益を環境分野に再
投資することができるし、買い手は削減が難しいCO2排出量と相殺(オフセッ
ト)することで削減目標をクリアできるなど、双方にメリットがある。ただし、
低コストでオフセットができるようになれば、企業の排出削減に向けた意識が
かえって損なわれるのではないかという懸念も見え隠れしている。ステークホ
ルダーへの情報開示や「J-クレジット」は、特定の大企業などが積極的に行う
「脱炭素経営」の一環であり、日本の9割以上を占める中小企業は対象外と感
じられるかもしれない。
 プライム市場企業は情報開示義務を果たすために、例えば、「指標と目標」
の開示として「温室効果ガスプロトコルイニシアチブ」の中に設けられている
Scope1・2・3の区分別に温室効果ガス排出量を算定することになる。Scope1
とは「企業自らによる温室効果ガスの直接排出」、Scope2は「他社から供給さ
れた電気、熱・蒸気の使用に伴う間接排出」、そしてScope3は「企業の活動に
関する他社の排出(サプライヤーの原材料や顧客の製品使用・廃棄に伴う排出)
」である。「脱炭素経営」を始める場合、まずは自社でコントロール可能な
Scope1・2に関する分野の削減に取り組むことになる。しかし、Scope1・2での
取り組みによる削減が限界に近づくと、Scope3の分野に焦点を当てなければな
らない。取引先→自社→顧客と「脱炭素経営」は、サプライチェーン全体を巻
き込んだ取り組みになっていく。プライム企業といえども、自社だけで完結で
きるものではなくなり、炭素排出量の削減目標を達成するためには取引先や顧
客の脱炭素への取り組みを評価し、炭素排出量の削減を要請しなければならな
くなる。
 「脱炭素経営」導入の高まりは、2008年のリーマンショック以降、信用崩壊
による経済基盤崩壊リスクの次なる重大なリスクが「気候変動」であると、主
としてペンションファンドや金融業界が位置づけたことも背景のひとつである。
 ビジネスを、資金の調達→運用・投下→回収→再調達の循環と定義するなら
ば、現時点では対象外の中小企業であったとしても、これらのいずれのフェー
ズにおいても脱炭素を意識しなければ、いずれ会社や事業の継続・永続が約束
されない時代がやってくる。
 また、SDGsを幼少期から学び、SDGsに関する環境問題や社会課題を自分事と
して捉え、そのような世の中の課題の解決を目指して取り組むサステナビリテ
ィ思考を持つ世代の呼称として「SDGsネイティブ」という用語も誕生している。
かつての3K(きつい・汚い・危険)を避けた会社選び、職場選び、職業選びの
基準のように、脱炭素経営やSDGsに取り組まない企業は人から選ばれない候補
外という時代になったともいえるのではないだろうか。であるならば、脱炭素
経営を行っていない企業は、ますます人材確保が困難になっていく。
 気候変動が起こった際のBCP(事業継続計画)が説明できる企業への転換、
環境分野への積極投資(DX化や環境配慮型の設備導入など)、脱炭素を絡めた
事業の構想・創出やリクルートの実施などから目を背けてはいられない。
 大企業、中小企業を問わず、脱炭素経営の推進は、待ったなしである。

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