米中貿易戦争の正当性と日本企業への影響と対策に向けて

池下譲治

 6月29日、G20首脳会議の合間に行われた米中トップ会談で、米国の対中輸入品に対する「第4弾」の制裁関税はひとまず見送られ、収束に向けた対話が再開されることとなった。しかし、昨年7月から米中双方が発動している第3弾までの制裁関税は維持されたままとなっており、国際経済は緊張から解放された訳ではない。
 今回の貿易戦争は当初、米国の圧倒的優位を背景に早期決着を予想する声が支配的であった。しかし、トランプ大統領が5月5日、事前合意の重要部分が「ほとんど削除されていた」として、対中経済制裁の強化を突然ツイッターで発表したことには、習首席の立場と面子を軽視した米国の驕りと決着を急ぐ焦りを感じずにはいられない。
 米国が要求してきた中国に進出する米国企業に対する技術移転の強要禁止に対して、中国政府は今年3月の全人代において、行政機関による外国企業に対する技術譲渡の強要禁止を盛り込んだ「外商投資法」を成立させ、これで妥結を図ろうとしていた。ところが、同法は企業間の取引を通じた技術移転の強要には触れておらず、抜け穴が多いことから、米政府は全面的な技術移転の禁止にまで法制化するよう求めた経緯がある。中国は内政干渉だとしてこれに強く抵抗している。また、産業補助金制度の削減要求などは、正に国家資本主義による中国の産業政策の根幹に係る部分に当たる。さらに、中国が貿易協定に違反した場合の一方的経済措置といった屈辱的な案など、中国内での求心力の回復を目論む習近平主席にとって、到底、安易に応じられるような内容ではなかったことは想像に難くない。 
 一方、解決が再び先送りになったことで心配されるのは、米中とのかかわりが深い日本への影響である。一国の経済が輸出にどの程度依存しているかを測るには、GDPのうち、国外で最終的に需要される部分の割合(国外最終需要比率)をみることが望ましいが、現在、OECDとWTOが共同開発した付加価値貿易指標(TiVA)によってこれが可能となっている。最新のTiVA(2018年12月公表)によると、2015年の日本のGDPに占める国外最終需要比率は14.4%に上る。次に、同指標から日本の国外最終需要に占める各国の割合を見ると、景気の先行きが懸念される中国向けが20.6%を占める。しかし、最大のパートナーは米国であり22.2%を占める。これは、日本と中国を含む東アジアのサプライチェーンを通じて最終ユーザーとしての米国に輸出されるモノも含まれるためだが、これらは米国の対中制裁関税の対象となる可能性がある。さらに、今後、懸念されるのは米国の貿易赤字の制裁対象として日本そのものに矛先が向けられる可能性である。なぜなら、付加価値ベースでは、日本の対米貿易黒字は総額(グロス)で見た場合よりも約60%増加するが、当然、こうした実態は米国政府も把握しているはずだからである。
 しかし、そもそも、米国が中国への制裁関税の主な根拠としている対中貿易赤字については、国際貿易の拡大に応じて、国際流動性を供給するためにドルを刷り続ける基軸通貨国の宿命(国際流動性のジレンマ)に過ぎないとの説があるほか、保護政策による関税の上乗せは、通常、輸入品価格の上昇と金融引き締め策によるドル高をもたらすことになり、輸出への悪影響から、結局、当該国の貿易赤字の解消にはつながらないとされる。さらに、米国が貿易赤字国を相手に報復関税の掛け合いになった場合はより深刻な事態が懸念される。1930年スムート・ホーリー関税法では報復が報復を呼び、米貿易は半分以下に落ち込んだ。こうした悪循環に陥らないためにも、米国は節度を持って貿易交渉に望むべきである。
 一方、21世紀は不確実性がより一層高まる時代であることを肝に銘じ、どんな企業であっても、不測の事態に備えて、今からでも、国際戦略におけるポートフォリオの再構築を図るなどコンティンジェンシープランを用意しておくべきであろう。

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