世界初!新しい環境感知メカニズムの発見! 植物は「水が多いこと」をどうやって知るのか?の記者説明会を行いました

 実は、植物の根っこも呼吸をしています。「水」は植物にとって不可欠なものですが、「多すぎる水」は根の呼吸を阻害し、ほとんどの植物にとって有害となってしまいます。日本人にとってそれは身近であるために見過ごされがちですが、イネは「根に酸素を輸送する機能」を発達させ、水の多い水田でも育つことができる希有な植物ということができます。

 生物資源学部生物資源学科 塩野克宏教授と角田智詞准教授は、環境植物学分野の学生と共に、土壌に水がたまって数日後、微生物の活動によって生じる「養分(硝酸)の減少」が、水が多い環境への適応応答を開始する環境要因となることを世界で初めて発見しました。この硝酸の減少は、根に酸素を輸送するための3つの適応応答を同時に促進します。このたび、研究成果が植物科学分野のトップジャーナルである国際学術誌「Plant Physiology」のオンライン版に掲載されました。

 本研究の成果は、イネなどの湿地で生きることのできる植物の環境適応メカニズムの理解に寄与し、気候変動により世界的な問題となっている洪水・長雨による農作物の被害を食い止める対策や品種改良への応用が期待され、下記日時に記者説明を行いました。

日時:令和6年6月7日(金曜日)10:00 ~ 11:30
場所:福井県立大学永平寺キャンパス 地域経済研究所 1階企業交流室
説明者:生物資源学部生物資源学科 塩野 克宏 教授,角田 智詞 准教授,江尻 真斗 博士(2022年度 卒業生)

                    記者説明の様子
写真1  写真2
(中央左:塩野教授  中央右:角田准教授)

○論文情報
研究論文名 Low nitrate under waterlogging triggers exodermal suberization to form a barrier to radial oxygen loss in rice roots
著   者 塩野克宏 教授(研究代表者)、江尻真斗 博士(2022年度 卒業生)、沢﨑雄登(2021年度 卒業生)、江岸祐夏(2023年度 卒業生)、角田智詞  准教授
掲載雑誌名 Plant Physiology(インパクトファクター:8.7)
公開URL https://academic.oup.com/plphys/advance-article/doi/10.1093/plphys/kiae278/7676394?utm_source=authortollfreelink&utm_campaign=plphys&utm_medium=email&guestAccessKey=df018b92-83ec-4328-bf55-88171515f34a
公 開 日 2024年5月18日

1.成果のポイント
○ 水田のように「湛水が継続している」という環境変化を植物がどうやって関知するのかは不明
○ 適応応答と環境の関係を調べ、植物栄養素(硝酸)の減少が適応応答を促進する環境要因と特定
○ 湿害を受けやすい畑作物、果樹、園芸作物などの栽培管理や育種選抜への応用が期待

2.本研究について
 「水」は植物にとって不可欠なものですが、「多すぎる水」は根を酸欠状態にしてしまうために、ほとんどの植物にとっては有害ですこの生育不良を湿害といいます。図1A)。イネのように水田や湿地でも生育できる植物は、酸素の通り道である根を太くし、根の内部には通気組織(※1)を発達させ、酸素漏出バリア(※2)を形成することで根に効率的に酸素を届けることができます。そのお陰で、水が多く低酸素状態にある環境にあっても、順調に生育することができるのです (図1B)この酸素輸送に関わる3つの適応応答は湿生植物の過湿環境への適応応答に必須の形質です。これらの適応応答全てを誘導する、支配的な環境要因を特定することは、植物が湿地に適応できる理由に直結します。そのため、世界中で研究が行われてきました。しかし、これら3つの適応応答の全てを誘導する、そういった支配的な環境要因はこれまでに明らかになっていませんでした。

私たちは、栽培条件と適応応答の誘導性、そのときの環境変化をつぶさに調べました。さらに遺伝子発現データベースを駆使することで、土壌に水がたまって数日後、微生物の活動によって生じる「養分(硝酸)の減少」が、水が多い環境への適応応答を開始する環境要因となることを世界で初めて発見しました。この硝酸の減少は、驚いたことに根に酸素を輸送するための3つの適応応答を同時に促進します (図1B)

酸素漏出バリア、通気組織、根の肥大化は湿害耐性の重要な形態的適応に関わる形質です。そのため、湿害の被害を受けやすい畑作物に、これらの機能付与や形成促進することが望まれています。今回、その形成誘導のメカニズムの一端が明らかになったことで、統合的に畑作物の酸素輸送能力を向上させられる可能性が高まりました。

福井県の六条オオムギ生産量は日本一ですが、もともと水田として使われていた水田転換畑で栽培されるため、湿害の発生が問題となっています。重要な肥料成分である硝酸は広く農業利用されています。硝酸に対する応答がオオムギでもみられるのか?さらなる研究による、農作物の栽培への応用により、品質と生産性の向上が期待されます。

図

図1. 今回明らかになった、新しい環境感知メカニズム。(A)福井県が生産量日本一を誇る六条オオムギなどの畑作物は湿潤な環境で、土壌が低酸素となることで根の好気呼吸が阻害される(図A(2))だけでなく、順次養分不足(図A(3))や毒性物質が増える(図A(4)・(5))ことで、生育が阻害される(湿害)。(B)一方、湿生植物のイネは過湿ストレスを受けると酸素を運ぶために根が形態的に変化して(酸素漏出バリア、通気組織、根の肥大化)、根に十分な量の酸素を運ぶことで、根の呼吸活性を維持して水田での順調な生育が可能となる。(C)今回、水がたまって数日して起きる、硝酸(NO3-)の減少が酸素を運ぶ形態適応を誘導する環境因子として機能することが明らかになった。­­

【用語解説】
※1 通気組織・
・・植物体内の細胞間隙。植物の茎から根まで連結することで大気中の酸素を根に届ける通路として機能する。

※2 酸素漏出バリア・・・イネなどの湿生植物だけが形成できる、湿潤環境への適応に重要な酸素の長距離輸送を可能にする重要な機能(図1B)。オオムギ、コムギ、ダイズなどの畑作物は酸素漏出バリアをつくることができないために過湿ストレスを被りやすい。

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