小浜湾をモデルサイトに沖合域での地下水流出の重要性を明らかにしました

近年、地下水が河川水に匹敵する栄養物質を沿岸海域へ輸送していることが明らかにされ始めています。しかしながら、海域に流出する地下水の成分は陸域から流れてくる淡水成分だけでなく、海水が海底下の帯水層内にいったん流入し、再流出する(再循環する)塩水成分も存在していま す。さらに、これらの地下水は浅海域だけでなく、直接的に評価することが困難な沖合の深部でも流出しています。これらを同時に定量することは難しく、地下水流入量の評価においては、まだまだ課題が残っている状況です。

今回、海洋生物資源学部の杉本亮教授らが、 国内で最も海底湧水の研究が実施されている海域の一つである小浜湾をモデルサイトとして、 2 種類の放射性物質を利用することで、 流出する 地下水成分 の 識別と 地下水の 流出箇所 の 識別(浅海 vs 沖合)を同時に評価することを試みました。その結果、小浜湾の地下水流出に関する新たな成果を 得ることに成功しただけでなく、世界中の沿岸海域においても、地下水流出の影響が 河川水と比べて 過小評価されていることも明らかにしました。 本研究成果は 、 環境科学分野の国際学術誌「 Science of the Total Environment 」に掲載されました。

1.成果のポイント

〇2 種類の特性の異なる放射性物質(ラドン・ラジウム)を利用することで、夏季の小浜湾に流入する地下水を淡水成分と塩水成分に識別した上で、水と栄養物質の流入量 を定量することに成功した。

〇全地下水流入量は河川水の 10 倍に達していた。地下水流入量の約 9 割は塩水成分であるが、淡水のみの地下水流入量に関しても、河川水と同等の流入量であった。

〇地下水による栄養物質(窒素・リン・ケイ素)の流入量は、河川水の 4 19 倍に達していた。地下水の成分ごとの内訳に関しては、淡水性地下水によるものが窒素・リンでは約 1 割、ケイ素では約3 割であった。

〇地下水流入の 85% は、水深 10m 以深の沖合域で生じていた。淡水性の地下水に限っては、沖合域で 97% が流出していた。これは、小浜 平野の地下にある被圧地下水の影響によるものと考えられた。

〇世界中の沿岸海域で報告されているデータ( 53 海域)を取りまとめて再解析したところ、浅海域よりも沖合域での地下水流入量が卓越しており、これまでの認識よりも地下水の影響が広範囲に及んでいることが明らかになった。

 2.成果の意義

沿岸海域の生物生産には陸域の豊富な栄養物質を沿岸海域へ輸送している河川水が重要な役割を担っていると考えられ てきました 。 しかし、河川水だけでなく、地下水もまた重要な栄養塩供給源になっていることが 世界中で 指摘されています。 小浜 湾においても、 地下水による栄養物質供給量が河川水を 大きく 上回ること が 改めて 明らかになりました 。リアス式海岸が発達する若狭湾には、小浜湾のような地形・地質構造を有している場所は多く、他の海域においても 地下水が重要な栄養供給源となっている 可能性 は 高いものと推察されます。

一方、小浜湾への淡水地下水の流出のほとんどが、小浜平野深部にある被圧帯水層からのものであることが 、今回の調査により 初めて科学的に推定されました。この帯水層内にある地下水は、小浜市内にある雲城水 に代表される 自噴 性 井戸を形成する水でもあり ます。 陸域では人々の生活を 潤している 地下水 ですが 、海域では水産資源を育む ための栄養物質を供給する 恵みの水となっていることが分かりました。しかしながら、 現在の小浜平野の被圧地下水 の 水位 は 昭和 30 年代と比べると 著しく 低下して おり、 小浜湾への地下水流入量 も昔に比べると 現在は 大きく低下したもの と 考えられます。地下水は 限りある 資源であり、陸域での健全な地下水利用が、海域で の 持続可能な生物生産を促すことを意識した、地下水の保全策を講じていくことが今後重要となります。

3.論文情報

研究論文名
Comparing nea rshore and embayment scale assessments of submarine groundwater discharge: Significance of offshore groundwater discharge as a nutrient pathway

著者
中島 壽視※(福井県立大学 大学院生)
倉賀野 真央(福井県立大学 大学院生)
山田誠(龍谷大学 准教授)
杉本亮(福井県立大学 教授)
※現所属:東京大学大気海洋研究所 学振特別研究員

掲載雑誌名 Science of The Total Environment

公 開 日 2023/10/30
公開URL https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0048969723066950

図1

図1.小浜湾への河川水と地下水(淡水塩水)による水と栄養物質(窒素・リン・ケイ素)の流入量の比。赤は浅海域(水深 10m 以浅のみ)、青は全域スケール(浅海域 沖合)を意味する。

図2

図2 .小浜湾の研究成果と世界 5 3 海域のデータの再解析結果から評価される、地下水流入の概念図。
地下水流入量は「海域面積」×「単位面積当たりの地下水流入量」 。

※補足説明: 沿岸 海 域での地下水流入評価は、陸域に近い浅海域のみで実施される場合と、浅海域と沖合域 を含む湾全体で実施される場合が混在している 現状にある 。沖合での地下水流入を適切に評価できていない前者の推定に基づいて河川水と地下水の寄与を比較した場合、地下水の影響は過小評価される。

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