我が国では、家畜飼料のほとんどを輸入に依存しています。しかし、近年の円安やウクライナ戦争の影響で飼料価格は高騰し、畜産業に大きな打撃を与えています。この状況に対処するためには、生産性の高い牧草などの飼料を国産化し、輸入に頼らない体制を作る必要があります。
牧草の生産性を大きく左右する形質として、食べられたあとに再び生えてくる「再成長力」が挙げられますが、この形質は分子レベルで解析されていません。その理由は、牧草が、その他の作物とは異なり、分子レベルの解析に向いていないためです。分子レベルでの解析ができないと、どの遺伝子を改良してよいかわからず、品種改良に大きな遅れが生じます。
福井県立大学 生物資源学部 深尾 武司 教授の研究室では、学生が中心となり、イネを用いて「再成長力」の解析を実施しました。イネは刈り取ったあとも、再び葉や穂を伸ばす性質があり、温暖な地域では、刈り取り後のイネから2度目の収穫を行う農家もあります。このたび、深尾研究室では、イネを分子レベルで詳しく解析することにより、「再成長力」を制御する鍵因子の同定に成功しました。イネ科植物の成長の仕組みは非常によく似ていることが知られており、今回の発見は、再成長力の高い牧草の開発に繋がると考えています。
1.成果のポイント
〇 円安やウクライナ戦争の影響で飼料価格が高騰。畜産農家に大きな打撃。
〇 生産性の高い牧草の開発が急務であるが、牧草は分子レベルの解析に向かず、他の作物に比べて品種改良が格段に遅れている。
〇 今回の研究では、イネ科の中で、分子レベルの解析に最も向いていると言われているイネを用いて、牧草の生産性に関わる「再成長力」を解析。再成長に関わる鍵因子の特定に成功。
〇 イネ科植物の生体機構は共通しているので、イネで発見されたことは、牧草などの他のイネ科植物に応用可能。今回の発見は、生産性の高い牧草開発に繋がると期待している。
2.成果の意義
今回の研究は、重要にもかかわらずなかなか進まない牧草の品種改良を加速させる成果であると言えます。イネをはじめとする多くの主要作物は、自分のおしべとめしべ同士で受精する「自家受精」が可能であるのに対し、牧草は「自家受精」が不可能であり、自分の花粉がめしべに受粉しても種子ができることはありません。このため、分子レベルの解析で重要な「純系」の系統を作出することができません。「純系」とは、自家受精を何世代繰り返しても、親と全く同じ遺伝子を持った個体を増殖できる系統であり、これが不可能となると、有用な遺伝子の探索や機能の解析が極めて困難になります。また、牧草はイネに比べて格段に大きいゲノムをもち、非常に限られたゲノム情報しか得られていません。
今回の研究では、イネを用いることにより、牧草を研究していたのではなかなか発見できなかった、食べられた後の「再成長力」を制御する鍵因子を発見することができました。具体的には、食べられた後の旺盛な再成長には、①高い光合成能力、(2)炭水化物の生産と消費をバランスよく保つ能力、(3)植物ホルモンであるサイトカイニンの調整能力の3つの能力が必要であると判明しました。
医学の分野では、マウス、ショウジョウバエ、線虫などの研究で得られた成果が、ヒトの病気の原因究明や医薬品開発に役立っています。植物の分野でも、より単純な植物種を解析して、研究しにくい植物種の謎を解く試みはなされてきましたが、イネを牧草研究に利用した例は、これまでありませんでした。今後は、マウスを研究することでヒトの医薬品が開発できるように、イネを研究することで牧草の生産性や栄養価の向上が達成できるような仕組みづくりができればと考えています。
3.論文情報
研究論文名 Possible roles of carbohydrate management and cytokinin in the process of defoliation-regrowth cycles in rice
主要著者
深尾 武司(福井県立大学 生物資源学部 教授)― 研究代表者
坂下 雄基(福井県立大学 生物資源学部 生物資源学科 卒業生)
片山 直生(福井県立大学 生物資源学部 生物資源学科 卒業生)
平野 羽留(福井県立大学大学院 生物資源学研究科 生物資源学専攻 博士後期課程1年)
福田 味佳(福井県立大学 研究補佐員)
掲載雑誌名 International Journal of Molecular Sciences
掲載URL https://www.mdpi.com/1422-0067/25/10/5070
発表日 2024年5月7日
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