生物資源学科 塩野克宏教授の研究チームは、オオムギに植物ホルモン(アブシジン酸)を投与することで、イネのように根に酸素を届けるための機能を持たせることに成功しました。
2024年3月7日気候変動による集中豪雨や洪水のリスクが日本各地で問題となっています。そのような中、水田ではイネ以外の畑作物を栽培する転作が推進されており、水の多い環境に適さない畑作物の多くが水はけの悪い水田で生育阻害(湿害)を受けています。
生物資源学部生物資源学科 塩野克宏 教授と同研究室の松浦晴香さん(2016年度卒業生)は、植物ホルモン(アブシジン酸)を投与することで、水の多い湿潤環境への適応に重要なイネの酸素漏出バリア機能をオオムギに付与できることを発見しました。薬剤投与で酸素漏出バリアを作らせる世界で初めての成功です。このたび、研究成果が1887年創刊の植物科学分野の歴史ある国際学術誌「Annals of Botany」のオンライン版に掲載され、掲載日に本研究の詳細について、記者説明を行いました。
本研究の成果は、「湿地で生きることのできる植物」と「生きることのできない植物」の環境適応の違いの理解をすすめるだけでなく、気候変動により世界的な問題となっている洪水・長雨による農作物の被害を食い止める対策や品種改良への応用が期待されます。
論文情報
研究論文名 Exogenous abscisic acid induces the formation of a suberized barrier to radial oxygen loss in adventitious roots of barley (Hordeum vulgare).
著者:塩野 克宏教授(研究代表者)、松浦晴香(2016年度 卒業生)
掲載雑誌名:Annals of Botany
公開URL:https://academic.oup.com/aob/article-lookup/doi/10.1093/aob/mcae010
公開日:2024年3月7日
1.成果のポイント
○ 湿地で育つ植物がもっている「酸素漏出バリア」を畑作物はつくれないので水の多い環境に適さない
○ イネの酸素輸送を制御する植物ホルモン(アブシジン酸)の処理でオオムギにバリア機能を付与
○ 湿害を受けやすい畑作物、果樹、園芸作物などの栽培管理、成長制御への応用が期待
2.本研究について
「水」は植物にとって不可欠なものですが、「多すぎる水」は根の呼吸を阻害してしまうので、オオムギを含むほとんどの植物にとっては有害です(図1A左)。イネのように水田や湿地で生育できる植物は、根に十分な酸素を届けることのできる酸素漏出バリア(※1)を形成することで、順調に生育することができます(図1B)。2022年、塩野教授らは、この過湿環境への適応応答の重要な形質である酸素漏出バリアを、アブシジン酸(※2)が形成制御していることを明らかにしました(図1B)。酸素漏出バリアは湿害耐性の高い植物種だけが持つ機能であり、その機能を湿害の被害を受けやすい畑作物に付与することが望まれていました。
今回、塩野教授らは、オオムギにアブシジン酸を投与することで、酸素漏出バリアを人工的につくらせることに成功しました(図1A右)。この成果により、バリアの形成メカニズムの応用による、畑作物の湿害回避能力の強化の可能性が高まりました。アブシジン酸をはじめとする植物ホルモンは成長調整剤として広く農業利用されています。福井県の六条オオムギ生産量は日本一ですが、湿害の発生しやすい水田転換畑で栽培されています。本成果の応用により、水田転換畑で栽培される畑作物の品質・生産性の向上が期待されます。
図1. 今回明らかになった、オオムギへの酸素漏出バリア機能付与のモデル。(A左)福井県が生産量日本一を誇る六条オオムギなどの畑作物は、湿潤な環境では、土壌が低酸素となるために根の好気呼吸が阻害され、生育阻害(湿害)を被る。(B)一方、湿生植物のイネは過湿ストレスを受けるとアブシジン酸が増えて根のスベリン化が促されることで、根元からの酸素漏出を抑制するバリアを形成する。これにより、根の先端まで十分な量の酸素を輸送することで、根端の呼吸活性を維持した水田での順調な生育を可能にしている。(A右)今回、塩野教授らは、オオムギへのアブシジン酸の投与により、酸素漏出バリアをつくれることを発見した。
【用語解説】
※1 酸素漏出バリア・・・イネなどの湿生植物だけが形成できる、湿潤環境への適応に重要な酸素の長距離輸送を可能にする重要な機能(図1B)。オオムギ、コムギ、ダイズなどの畑作物は酸素漏出バリアをつくることができないために過湿ストレスを被りやすい(図1A左)。
※2 アブシジン酸・・・植物が生産し、成長・分化、環境適応反応を微量で制御する低分子シグナル物質である植物ホルモンの一つ。イネだけでなく種子植物に普遍的に共通して存在しており、気孔の閉鎖などの乾燥適応に関わることが良く知られていた。
塩野克宏教授の研究室HPはこちら(新しいウィンドウが開きます)
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